平成十七年 長月 ■2005/09/01 木 9月はSeptemberか。月にberが付き始めると、季節は秋から冬へ。今年も終盤に向かっているのか。まだこんなに暑いのに。でも、何となく夏は終わったのだと感じる。9月と聞くとよけいそう。 書かない期間が長かったが、旅行のあと仕事がバタバタ、という流れになっていただけで、特に悪い事があったわけではない。こちらに来てからは毎日のように行っている出張先。昨日行ってもうずいぶん馴染んだ建物に一泊し、今日帰ってくる。平地はまだまだセミが鳴いていて、夜も蒸し暑い。泊まった部屋にはテレビが無かったので、暇つぶしに夕暮れを過ぎてから駆け足をする。星が何個か見える空。走っているとワサワサ、ワサワサと気配がして頭上を何かが飛んでゆく。常識的に最初は鳥だと思っていたのだけど、夜に目を凝らしていると、形が違う。大きさはイワツバメくらいなのだけど、羽ばたきが何というか、蛾のような。これは、コウモリか。飛んでいるのは初めて見た。 追いかけてゆくと、自分の背丈より少し高いだけの位置を飛んでいるコウモリは、絶対に自分の頭上を飛ばない。ということは、自分は避けられている。レーダーともいえるコウモリの声は自分には聞こえない。けれど、自分は確かにコウモリの言葉を反射して、コウモリは自分を捉えている。コウモリの呼びかけに、自分は答えてしまっているのだ。 駆け足を終わってシャワーを浴びて、寝場所に戻った。今回、部屋にはひとり。ちょっと本を読んだりしていたのだけど、何か落ち着かない。何か、上手くいえないけれど胸騒ぎのような感覚があって、冷房の効いた部屋から蒸し暑い玄関に出て、タバコを吸ったり、空を見ていたり。電気が消えるまでそんな妙な気分と過ごしていた。あまりよく憶えてはいないのだけど、その夜の夢も何だか、不安な気持ちだけがあとに残っている、そんな夢だった。 大丈夫大丈夫、大丈夫。 3回唱えて、おやすみなさい。 ■2005/09/02 金 仕事中にメールが来て、愛知の友人が週末に遊びに来るという。夏休みに顔を合わす予定だったけれど、彼が用事で北海道に帰ったのでキャンセルになっていた。久しぶりに顔を合わせることになる。 彼は短大時代に知り合った友人で、思い返せば最初に話したのは、学校の体育の授業であったソフトボールの時だった。チームを幾つか作って試合をしたのだが、そこで同じチームになったのが切欠。そういえば、自分がキャプテンだったので、彼が最初に自分を呼んだ呼び名は「キャップ」だった。 短大は男子が非常に少なかったので、女子が殆どに男子が均等に数人づつ振り分けられた混成チームになる。ピッチャーは必ず女子、男子は打つ時必ず利き手の反対で打つこと、というルールがあった。 試合はというと、彼は野球経験者だったのでショートに据えて、自分はファーストでかなり上手く連携した。本塁打数は彼が一番で、ひそかに打率も一位を狙っていたようだけど、そちらは右でも左でも打てる自分が打率8割で頂いた。お互いに「やるじゃん」というのが第一印象、かな? あれからもう10年以上経つんだなぁ。 ■2005/09/03 土 先月の仕事の代休で、今日から3連休。友人は午前中仕事で午後から出てくるという。向こうを13時半に出てくると連絡がある。途中何回かメールが入ったが、渋滞だ、1号線から何処曲がるんだっけ、また渋滞だ、とやっていたら、到着は結局18時を過ぎた。どうせ晩飯どこかで喰わなきゃならないし、と、街中のコンビニで待つように伝え、こちらから迎えに行く。合流して晩飯を済ませてから、この部屋2度目の来訪。 特に何をしにきた、という訳でもないので、明日どこかへ行くことに決定。 何処へ行くかは未定。 ■2005/09/04 日 夏の盛りのような、残暑。さて何処へ行くべか、と訊いたら、地図を見ていた友人は「じゃあ、鎌倉駅」と答えた。 鎌倉って何があるのかは知らないが、自分もそちら方面はまだ走っていないし、まぁいいか、ということで鎌倉駅を目指して走る。途中、小田原を通ったので小田原城に寄る。城内は何と言うか、動物公園のようになっていて、象がいて、鳩がいて、アジア系の観光客が貸衣装の甲冑で記念誌撮影をしていた。 それから相模湾沿いに出ると、走っている車のナンバーは「湘南」ばかり。自分は車のナンバーの地名というのは陸運局のある市町村名が付けられているのだと思っていたけれど、地図を見ると「湘南市」というのは無い。湘南、というのはどうやらその地域の呼称みたい。そういえば「なにわ」ナンバーもそうか。でもどうして平仮名なのだろう。 ナンバーの地名といえば、愛媛。前に走った時に、愛媛ナンバーには字体が2種類ある事を発見した。ひとつは普通に「愛媛」と楷書で書かれたもの。もうひとつは、何と言うのだろう。「愛媛」という字をかなり崩して書いた字体のナンバー。遠目には「愛媛」という形に見えるのだけど、近くで見ると何じゃこりゃ、というような字体で、最初は何処か未知の地名のナンバーなのかと思った。 湘南はというと、道路は混んでいて、センターラインの辺りと路側帯のあたりをバイクがブンブンと追い越してゆく。バイクも多いが、ロードレースの練習をしているような自転車も何故かやたらと多い。しかも自転車とは常に抜きつ抜かれつの状態。ということは時速35キロほど。サーファーを見ながらノロノロと走ってようやく鎌倉に入る。 で、鎌倉を走りながら鎌倉駅行ってどうするよ…という話をしていたら「大仏トンネル」というのを発見。おお、そういえば鎌倉といえば鎌倉の大仏があったではないか、と今ごろ気付いて鎌倉大仏へ。 こちらはどうだったか、というと、何と言うか…屋根作ってやりなよ、という感じだった。何となく、大仏というのは屋内でひっそりしているもの、というイメージがある。ここはとにかく、賑やかだった。お客さんは多かったけれど、1/3くらいは海外の方だろうか。すっかり国際観光地で、周りのお土産物屋も、覗くと「神風」「特攻」といった文字の布とか、旭日旗だとか、手裏剣だとか。 そうそう、着くまでにあるだろうと予想していた「大仏ラーメン」は、無かった。 ■2005/09/05 月 ハイウェイカードが今年度中に使えなくなるので、「高速で帰れや」と、自分が持っていたカードを一枚、残高6,950円を6,000円で今日帰った友人に売ったのだけど、経路の駿河湾沿いの一部の高速道路が高波のため通行止めになっている模様。それを知る前に出発した友人から途中メールが入り、「下道で帰ります」。確かにあの辺りの道は海岸沿いを走っているけれど、関東と中部関西を結ぶ大動脈にしてはちょっと脆い感じ。 友人が北海道帰省のお土産だと言って「ジンギスカンキャラメル」を置いていった。1個口に入れて、沈黙。 ■2005/09/07 水 台風のニュースの合間に、7月に登ってきた富士山の閉山式が行われた、とやっていた。そうか。開いたら閉じるんだよな。でも、もう閉じるのか。前に行った時にあらゆる所で断水していた四国が、今回の台風でようやくうるおったらしい。瀬戸大橋のふもとの公園の噴水も、復活するのかな。そんな報道を聞いていると何か、夏のページが閉じられていくような気分。 台風で荒れた1日。傘が壊れた、と言っていた人がいたくらいで、特に被害はなし。 1個だけ口にしてそのままだった「ジンギスカンキャラメル」を職場に持って行った。来る人来る人次から次へと犠牲者にする。…と書いているくらい、不味い。何と言うのだろう。「肉の脂喰ってるみたいだ」と言っていた人がいたが、それが一番近いかも知れない。ただし、キャラメルなので甘い。 台風は日本海を通って北海道に上陸しそうな雰囲気。天気予報の「降り始めからの降雨量は…」という所で、地元の地名を盛んに耳にする。過去2年、滅多に来ない台風で北海道はかなりの被害を受けている。一昨年は日高の大水害、去年は強風。実家は道内ではかなりの豪雨地帯なので、この位の雨ではさほど影響はないだろう。心配なのは、一昨年の水害で水田1/3と納屋2棟を失った父方の実家だ。 北に行くにつれて速度を上げるので、起きた頃にはもう、台風は北海道を駆け抜けているかも知れない。被害がなければいいのだけど。 ■2005/09/12 火 台風は、こちらも実家も特に影響なし。 今月頭の出張の際、エアコンが入ったまま寝ていたせいだろうか、喉を痛めた。それが発展もせず回復もせず、ただコンコンと咳が出るだけの状態でずーっと長引いている。肺にカビでも生えたんじゃないか、と言われたけれど、これだけ長引くと冗談とも思えなくなってくる。けれど、他に体調が悪いわけではない。だから普通に行動してしまう。あまり良くないのだけど。 山を背景にススキの穂が揺れる。霧やら雲やらに覆われている事が多かった山が、姿を現わしている日が増えてきた。自分がここに来たばかりの季節にふと戻ったような気がした。もうすっかり日常になってしまった景色。でも、この景色の中に自分はいるんだ、という事を改めて感じる。こちらに来てまだ5ヶ月しか経っていないけれど、こちらに来て良かったと思う。自分が収まるべき場所に収まっている、そういう気がするのだ。もし、自分が希望していた通りの所に行っていたら、どうだっただろう。それはまぁ判らないことだけれど、そんな事も思う。 あ、そういえばもう鮭釣りシーズンかぁ。今秋は鮭釣り無しでどう過ごそう…。 というより、今年は一度も魚釣りに行っていない。 ■2005/09/17 土 出だしからバタバタしていた週が終わり、今日から3連休。天気もいいようだし暑さもひと段落したし、出かけるにはちょうど良いのだけど、体調が変わらずでその気にならない。日中の活動している時間はそれほど感じないのだけど、朝は目覚めると息苦しくて、吐き気がするほど咳き込んでしまうことがある。来週にも連休はあるから、今週末はだらだらするべぇ。 洗濯をして掃除をして、天気が良かったのでベランダで布団も干して、少しパソコンをいじる。先週、古いパソコンを処分しようとしていた人からメモリだけ貰ってきていた。ずっとそのままだったので、パソコンの蓋を開いて増設する。5年目にして初のパワーアップ。中には結構埃が溜まっていて、基盤に掃除機をかけてからでないとスロットに差し込めなかったが、無事に完了。 立ち上げついでにネットに接続して色々見ていたら、使用しているブラウザがバージョンアップしているようなので、ダウンロードする。その途中、「***が侵入しようとしています」というFirewallからの警告メッセージ。接続を遮断するか許可するかのメッセージが出る。で、ここは迷わず遮断、を押そうとしたら何を間違えたのか「許可」してしまった。で、その後は侵入したファイルが勝手にどこかにアクセスしようと繰り返し、Firewallがひっきりなしにそれを警告し続ける状態に。セキュリティ自体はちゃんと機能していたのに、クリックミスで見事に感染した。接続を切ってウイルススキャン。ワームを発見。そのままの状態では削除できなかったので、いったんシャットダウンして、セーフモードで立ち上げて、システムフォルダ内の本体を削除して、ついでに書き込まれたレジストリも削除。これで終わり、のはず。職場では経験のあるウィルス駆除も、自分のパソコンでは初めてだった。 22時。ベランダへ出て、そこに4段積みで置いてある冬タイヤを椅子に腰掛ける。 肌寒いくらいひんやりとした空気。数を増した虫の声。 そして、円かな月。 ■2005/09/19 月 本当に何もしなかった3連休。なので日記でもないのだけど。 ただ、そのお陰か、朝…というか昼に目がさめても、咳が出なかった。 また日付が変わってからベランダに出て、タバコを吸いながら空を見上げる。昨夜人通りが無くなってからふらっと散歩してきたけれど、霧が濃くて月がどこにあるのかもわからなかった。今夜も雲が出ていて星も山に灯る明かりも見えないけれど、朧ながら月だけは見えた。冴えた土曜の月よりも黄味かかって見える。月明かりでその周囲だけ、流れる雲が映し出されている。 かなり高いところにあるので、ベランダの手すりに手をかけて、かなり頭を上げて見上げないと月は望めない。灯っていた隣の部屋の明かりが、パチンと消える。そんなふとした人の気配に何となく中断された気分で、明かりを消していた部屋に戻る。 部屋のベランダ側にはベッドが置いてあるので、ベランダに出るにも入るにもベットの上を踏んで行かなくてはならない。その時、裸足でベランダに出ていた事に気付いたけれど、そのまま踏み越えてくる。ベッドの上に掛けてある洗濯物の間を顔が通過して、部屋の中。パソコンのモニターの光だけでも、結構明るい。 書いていてふと思い出した。 車に乗っている時だったか忘れたけれど、月がどうしてずっとついてくるのか不思議に思った事がある。高い向上…いや工場の煙突だとか、決して動かないように見える遠くの山だっていずれ追い越してゆくのに。流れてゆく街明かりの中、月はずっとついてくる。 そのことが、少し怖かったかも知れない。 でも、よく思い出せない、ずっとずっと昔の話。 ■2005/09/20 火 朝のニュース、各地の天気で北海道の早来町が中継されていた。前に北海道に帰省した友人がそこを通ったら、バイパスができたりして眺めがずいぶん変わっていたという。その町の名前自体も、町村合併でいずれ消えてしまう。 彼の地の現在の気温は9度だという。こちらと10度以上違う。 ■2005/09/21 水 バージョンアップの途中でウィルスに感染して、中途半端になっていたブラウザのバージョンアップを済ませる。写真が見られなかったりと少し不具合があったのだけど、修正できたよう。 通常Webサイトを見て周る時はこのフリーソフトのブラウザを使っている。自分にとってはこちらの方が好みなのだが、他人が使おうとすると「あれ、インターネットエクスプローラが無い」という状態なので、不便かも知れない。 余談。好み、でいうと、自分はデスクトップ上にアイコンを置いていない。起動後のデスクトップには壁紙と画面下のタスクバーのみ。タスクバーも自動的に隠れる設定にしておくと壁紙のみ、なので非常にすっきりしている。机の上は散らかっているのだけど。でも、すっきりしたデスクトップも散らかった机も、他の人から見るとどうも手出ししにくい感じ、らしい。 改めて日付を見て、9月ももう終盤なのだと。夏が終わってから、何だか月日の流れが急に加速したような気がする。 どうしてだろう。 ■2005/09/22 木 週末どこかに出かけようか。でも、台風が近づいてきているようだから、天気を見極めてから、かな。 車の小物入れを片付ける。有料道路や駐車場の領収書やらが出てくる。その中の1枚、8月12日付けの領収印が押された緑色の駐車券。六甲ガーデンテラスと書いてある。単に山頂なのだと思っていたけれど、そういう名前だったのか、と今更判った。 どうやら間違わずに行けてたみたい。 ■2005/09/23 金 金曜日から3連休+月曜日休暇で4連休、だったのでドライブしてきた。 どこどこへ行って、と細部を書くときりが無いので、買い物レシートと走行経路の覚え書きなど記録程度に。 ■2005/09/23 金 白川郷の合掌集落を見に行こうと、午後に出発。 →18:26 食鮮館「エブリ」 山梨県北杜市 安曇野の道の駅「風穴の里」泊。 ■2005/09/24 土 国道158号を高山市へ。最大標高1,700m台の安房峠は擦れ違い困難な道路。早朝にここを抜けることにして正解。 →09:19 LAWSON高山山田店 岐阜県高山市 高山市を過ぎてから国道156号を北上。途中の巨大石造りダム(御母衣ダム)にびっくり。 11時頃に白川郷「荻町集落」着。車をどこに停めていいのか分からずにしばらくさまよう。集落内にも駐車場があるけれど有料…だと思ったら、お土産物屋さんの駐車場があったので、取り合えずそこに停める。そしてお店で買い物をして「ちょっと車置いて見てきていいですか?」と訊くと了解してくれたので甘える。 それからしばし散策。合掌造りばかりの集落というイメージがあったけれど、合掌造りの住居とそうではない住居が混在している。当然人が生活している所なので電柱も電線もあり、何と言うのだろう。写真を撮っている観光客が「らしい」写真を撮ろうとしたら「らしい」場所探しにちょっと手間がかかるような、そんな感じ。だけど、こういうところで実際の場所とパンフレットの写真なんかとを見比べると、写真を撮る人の風景の切り取り方って上手い。ファインダーを通して一味違った景色を覗いている。そういうのはちょっと羨ましいなぁと、時々思う。 家以外にも、家々の間を巡る澄んだ水が流れる水路だとかが珍しかったのだけど、何と言っても目を奪われたのは、実がなっている柿の木! 実はまだ青かったけれど、これ人生ではじめて見た。 正午過ぎに出発。人が増えて集落のメイン道路は観光客でもの凄い混雑。その人混みの中をそろそろと走るのだけど、北海道のままの車のナンバーが意外と目を引くのでこういう所は苦手。 道の駅で得た情報でまた北上して、菅沼合掌集落に寄る。その頃には雨模様。菅沼合掌集落は、先の荻町集落ほど大きくはないけれど人も多くはなくて、風情を求めるならこちらの方がよさそう。集落内に「塩蛸の館」というのを見つけてギョッとする。しおだこ? こんな山の中で特産は「しおだこ」なのか? …つまりこういうことか。昔々。この雪国では、冬は他地域との交通も閉ざされてしまう。そこで一番問題になるのは冬期間の食料品の確保。中でも動物性の蛋白源の貯蔵がこの地域では最大の問題だった。それを解決したのが「しおだこ」である。秋までの間に日本海産のタコを天日に干し、陸路この山中まで運び込む。それをこの地域独自の製法で「しおだこ」に加工し、それがこの地での冬の貴重な蛋白源となったのである。この「塩蛸の館」というのはその名のとおり、そのタコの加工をしていた建物なのだ! と思ってよく見たら、「塩蛸の館」ではなくて「塩硝の館」だった。塩硝、というのは硝石の仲間で火薬の原料のひとつ。これに硫黄と木炭を混ぜると黒色火薬になる。 ものすごく勘違い、はさておき。 かつてこの辺り(五箇山)ではヨモギ等の材料から細菌の作用で塩硝の生成をしており、それが戦国の世からのこの地域の一大産業だったという。「塩硝の館」とはその道具や工程を展示した施設のこと。 憶測だけれど、今は世界遺産にもなっているこの辺りの集落がこれだけの規模で現在まで残った理由のひとつは、戦国から幕藩時代にかけて火薬の原料である塩硝の一大産地、軍需産業の要地であるこの地が、時の権力者達によって手厚く保護されてきたおかげなのかも知れない。 今回の目的はこれら合掌集落だったので、目的は果たした。そのまま日本海に抜けることにして、雨の国道156号を更に北上し富山県に入る。砺波という辺りに入り、車の前輪から金属が擦れる音が出ていることに気付く。ブレーキパッドとディスクの接触、というより、パッドの磨耗。来年1月の車検まで持つと思っていたのだけど、ブレーキを踏む回数がこちらに来て増えたのか、予想より早かった。ナビで調べると砺波市内にメーカーのお店がある。でももう閉店時間になったので、砺波の道の駅で走行終了。 →19:04 サークルK礪波中央店 富山県礪波市 ■2005/09/25 日 雨。お店が空く時間まで熟睡して、10時から行動。お店で車をみてもらい、前輪のブレーキパッドを交換。 結局昼になったので、高岡市まで走り、高岡散策しながら昼食にする。古城公園というところに車を置いて、公園を突っ切って反対側の市街へ。店先から歩道の上をすっぽりと覆う庇がある商店街。そこへ向かう途中に「高岡大仏」というのがあって、その前を通った。今月頭に鎌倉の大仏を見たけれど、あれと変わらんなぁ…と思って園内を散策していたら「日本三大仏」の文字が。奈良、鎌倉、そしてこの高岡大仏が日本三大仏だったのか! でもNo3は初耳。なんだか街中の建物に囲まれて窮屈そうだったのだけど、こんな偶然でひと月の間に三大仏のうちふたつを巡ることになるとは。ただただ合掌。高校の修学旅行の奈良大仏を合わせて、目指したわけでもなく三大仏制覇してしまう。 新湊付近で国道156号線から国道8号線に入る。ここから再び以前走った道になる。新湊の道の駅で海王丸パークというのを発見し寄ってみる。先代海王丸が引退後展示されている施設だ。富山新港の一角に海王丸は係留されていた。小学生の何時だったか。地元の港にやってきたこの船を家族で見に行ったことがある。それ以来の再開。 雨。海は灰色。でも多少視界はあって、滑川からかすかに能登半島が見えた。 →17:51 ENEOS黒部SS 富山県黒部市 糸魚川で国道8号線から148号線へ。再び未知の道路へ。そして再び内陸へ。 →21:29 イオン糸魚川店 新潟県糸魚川市 夕食に寄れるような所もなく、結局上のところでおにぎりや新潟限定「BEVEL」というピンクのけばけばしい箱に入ったタバコなどを買いこんで南下。 道の駅小谷の辺りは、こんなに長いのは北海道でも見たことがないようなスノーシェッドに覆われた道路。携帯が圏外だった、という理由でその先の白馬まで走る。23時ちょっと前に白馬の道の駅着。ここで宿泊。 ようやく雨が止む。 ■2005/09/26 月 早朝に白馬発。晴れの予報だけど雲が厚くてアルプスは見えない。松本市まで下って、行きに走った国道158とは反対に伸びる県道67号を走って、扉温泉という所を経由し、扉峠から、好景観道路として地図に紹介されていた「ビーナスライン」へ。ただし、その県道67号。ダートあり落石あり大型車通行止め擦れ違い不可能で、初日の安房峠に増してもの凄い道路だった。 やがて晴天。何とかという峠から諏訪湖を見下ろし、高原ドライブを続けて白樺湖という小さな湖へ。お昼をそこで済ませて、途中で八ヶ岳を眺めたりしながら、あとはひたすら南下。帰路につく。 そうだ。そういえば実家からの指令があった。甲州に入ってから果樹園に寄り、ブドウを適当に見繕って数種類取り混ぜて4キロ実家に送ってもらう。お店の人が車のナンバーを見て「北海道から?」と感動していたので、なりゆきで北海道人になりきった。ブドウを手提げ袋にひとつ頂いたのだけど、旅の身のゆえ食べ切れませんから、と、2房だけ頂いてくる。 夜に無事到着。駆け足で書いたけれど、こんな感じのドライブでした。 自分へのお土産は、白川郷の土産物屋で買った「さるぼぼ」という郷土人形のキーホルダひとつ。 |